新犬鳴トンネルの真相と旧道との違い|危険の噂や現在の状況を徹底解説
新犬鳴トンネルの真相と旧道との違い|危険の噂や現在の状況を徹底解説の基本情報から最新動向までを徹底的にカバーしました。
新旧のトンネルを巡る議論で最も整理すべき点は、「新犬鳴トンネル」と、山中に残る「旧犬鳴トンネル(犬鳴隧道)」が全く別の建造物であるという事実です。 犬鳴隧道の歴史と詳細まとめを紐解くと、旧道は1884年(明治17年)に端を発し、抜本的な改修工事を経て1949年(昭和24年)に開通しました。幅員が極めて狭く、大型車両同士の離合が不可能な難所であったため、交通の近代化を目的に建設されたのが1975年(昭和50年)開通の新犬鳴トンネルです。新道の開通に伴い旧道は幹線道路としての役目を終え、急速に荒廃していきました。 旧犬鳴トンネル封鎖の経緯には、極めて重く陰惨な事件が存在します。1988年(昭和63年)12月、拉致された若い男性が少年グループから凄惨な暴行を受け、旧トンネル内で命を奪われるという凄惨な殺人事件が発生しました。この事件以降、現場は興味本位の若者や暴走族の溜まり場と化し、不法投棄や騒音が深刻化。自治体と福岡県警は治安維持のため、旧道の両端を巨大なコンクリートブロックと堅固な鉄柵で物理的に完全封鎖しました。
現在、旧道へのゲートには有刺鉄線と防犯カメラが配置され、ブロック塀の隙間すら厳重に塞がれています。ネット上で語られる「心霊スポットとしての犬鳴」は、この旧トンネルで起きた現実の凄惨な事件に端を発しており、現役のインフラである新トンネルとは明確に切り離して捉えなければなりません。