超特急メンバー脱退の真相と理由|コーイチ・ユースケの現在と9人の今
超特急メンバー脱退の真相と理由|コーイチ・ユースケの現在と9人の今の特集記事をご紹介します。役立つ情報が満載です。
超特急の歴史において、公式にグループを離れたメンバーは初期を含めて3名存在します。それぞれの脱退劇には、単なる「芸能活動の終了」にとどまらない、個人の人生観やアーティストとしての葛藤、そして健康上の切実な事情が存在していました。
1. 初期メンバー:ショウ(竹村翔)の脱退(2012年4月)
超特急が2011年12月25日に結成された当初、メインダンサーの1人として在籍していたのがショウ(竹村翔)です。しかし、2012年6月10日のシングル『TRAIN』によるCDメジャーデビューを目前に控えた2012年4月、学業優先などを理由にグループを離脱しました。活動期間が極めて初期であったため公式記録で大きく取り沙汰される機会は少ないものの、初期インディーズ時代を支えた大切な創成期メンバーの1人です。
2. 1号車・コーイチ(吉野晃一)の脱退(2018年4月)
グループに最初の激震が走ったのが、2018年1月16日に発表された1号車・コーイチの脱退劇です。同年4月8日をもって正式にグループを離れ、所属事務所であるスターダストプロモーションも退所しました。
公式発表資料によると、脱退の主たる理由は「グループ活動における方向性の違い」と明記されました。圧倒的な歌唱力を誇り、7号車・タカシとともにツインボーカルとして屋台骨を支えていたコーイチでしたが、ダンスボーカルグループとしてのエンターテインメント性を追求する運営方針と、自身が目指す「純粋なシンガーソングライター・ブラックミュージックへの傾倒」との間で、表現者としてのジレンマが限界に達していたとされています。
後のインタビューや手記において本人が語ったところによれば、グループへの愛情やメンバーへの友情は揺るぎないものであった一方、「自分自身の音楽でどこまで勝負できるか」というアーティストとしての自立心が抑えきれなくなったことが、苦渋の決断の決定打となりました。
3. 6号車・ユースケ(福田佑亮)の脱退(2026年2月)
コーイチの離脱から約1年後の2019年6月、メインダンサーで「元気担当」として絶大な人気を誇っていた6号車・ユースケが、膝の負傷および心身の不調のため活動休養を発表。約8カ月にわたる休養期間を経て、2026年2月20日にグループ脱退および事務所退所が正式発表されました。
公式発表の経緯および当時の状況を精査すると、ユースケの離脱理由は「心身の療養とプレッシャーからの解放」でした。常に全力でグループのテンションを引き上げ、8号車を笑顔にし続けてきた彼ですが、その裏で抱えていたプレッシャーや身体的限界、繊細なメンタル面の負担は想像を絶するものがありました。メンバーやスタッフも復帰の道を模索し温かく見守り続けましたが、最終的には本人の健康とこれからの人生を最優先に考えた上での「円満な卒業」という形が取られました。