ルーマニア独裁者チャウシェスク処刑の真相!狂気の支配と最期の全貌
ルーマニア独裁者チャウシェスク処刑の真相!狂気の支配と最期の全貌に関する話題のニュースをまとめてご紹介します。最新情報を求める方は必見です。
1965年にルーマニア共産党のトップである書記長に就任したニコラエ・チャウシェスクは、当初、ソ連の軍事介入に異を唱える「気骨ある指導者」として西側諸国からも高く評価されていました。1968年の「プラハの春」軍事介入を公然と批判したことで国民的人気を集め、独自の外交路線を確立します。
しかし、1970年代初頭の中国や北朝鮮への訪問を機に、チャウシェスクの政治姿勢は急変しました。徹底した個人崇拝を導入し、自らを「カルパティアの魔術師」「指導者(コンダカトール)」と称させ、神格化を推し進めたのです。公の場には巨大な肖像画が掲げられ、新聞やテレビは連日彼への賛美で埋め尽くされました。
この独裁をさらに歪なものにしたのが、妻であるエレナ・チャウシェスクの存在でした。実質的な権力序列第2位の第一副首相に就任した彼女は、高等教育をほとんど受けていないにもかかわらず「世界的な化学者」を自称し、科学アカデミーのトップに君臨。強烈な権力欲と見栄のために閣僚の人事を意のままに操り、夫婦による完全な「縁故独裁体制」を築き上げました。