総本家更科堀井本店の真価とは?白き名物蕎麦と行列の真相解明
総本家更科堀井本店の真価とは?白き名物蕎麦と行列の真相解明について知っておくべき 注意点を厳選して解説いたします。
麻布十番を訪れた旅行者や蕎麦好きを長年悩ませてきたのが、「麻布十番にはなぜ更科と名のつく店が複数あるのか」という問題です。現在、麻布十番周辺には「総本家更科堀井」、「麻布永坂更科 本店」、そして百貨店等にも広く展開する「永坂更科 布屋太兵衛」が存在し、通称「更科御三家」として知られています。
この複雑な分岐は、昭和初期の金融恐慌と太平洋戦争の激動期に端を発しています。寛政元年創業の「信州更科蕎麦処 布屋太兵衛」は保科家や皇室とも縁の深い屈指の老舗でしたが、昭和初期の混乱の中で七代目当主が急逝し、負債の整理に伴って一時的に暖簾を下ろす事態に見舞われました。その際、伝統ある商標や店舗権利が第三者の手に渡り、戦後になって商業資本とともに再興されたのが「永坂更科 布屋太兵衛」です。一方で親族関係者が別途店舗を構えたのが「麻布永坂更科 本店」でした。
血統を受け継ぐ創業家である堀井家は、一時期蕎麦の現場を離れることを余儀なくされましたが、1984年(昭和59年)、八代目当主である堀井良造氏が創業の地である麻布十番に本家本流としての誇りを掲げて再興したのが、現在の「総本家更科堀井」です。それぞれの店舗は現在、コンセプトやターゲット層において明確に差別化されています。