10チャンネルはどこの局?地域差の謎とテレ朝が消えた歴史の真相

10チャンネルはどこの局?地域差の謎とテレ朝が消えた歴史の真相の真相について、分かりやすい解説を詳しくお届けします。

昭和から平成にかけて青春時代を過ごした世代にとって、「10チャンネル=テレビ朝日」という等式は身体に染み付いた感覚でした。かつて東京都港区六本木に本社を置くテレビ朝日は、アナログ放送時代に親局(東京タワー)の周波数として「第10チャンネル」を使用していたためです。

では、なぜ2003年の地デジ放送開始(2011年アナログ完全停波)のタイミングで、慣れ親しんだ10番を手放し「5チャンネル」へとシフトしたのでしょうか。当時の関係者証言や総務省の割り当て記録を紐解くと、そこには視聴率獲得を巡る熾烈なポジション戦略が存在していました。

当時、民放各局のリモコンキーID決定において、日本テレビはアナログと同じ「4」、TBSは「6」、フジテレビは「8」を希望し、それぞれすんなり確定しました。しかし、テレビ朝日のアナログ10chは、12分割されたリモコンの右下に位置し、ザッピング(チャンネルを順繰りに切り替える行為)において「最も不利な遠い番号」と見なされていたのです。

そこでテレビ朝日が目をつけたのが、関東で空番となっていた「5」でした。当時、準キー局である大阪の朝日放送(ABCテレビ)はアナログ時代から「6ch」を使っていましたが、東京のTBSがすでに6番を主張していたため、テレビ朝日は「全国の系列局(CBCやHBCなど他系列を含め地方で親しまれていた5番)との親和性」と「リモコンの押しやすさ(上段中央)」を理由に5番の獲得を強力に推進しました。

結果としてテレビ朝日は地デジで「5ch」を獲得し、「5チャンネルのテレ朝」としてのブランド再構築に大成功を収めました。その代償として、関東の10番スロットは主を失い、空白地帯として残されることになったのです。

中川 明日香

中川 明日香

ビジネス戦略アナリスト

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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