イギリスの光栄ある孤立とは?覇権の崩壊と日英同盟の真相を解剖
イギリスの光栄ある孤立とは?覇権の崩壊と日英同盟の真相を解剖の真相について、専門知識を詳しくお届けします。
この光栄ある孤立を理論的・実践的に完成させたのが、19世紀末に3度にわたり首相を務めた第3代ソールズベリー侯爵ロバート・ガスコイン=セシルです。ソールズベリー首相は徹底した現実主義者であり、情緒的なナショナリズムや道徳論を外交から徹底して排除しました。
当時の特番インタビューや外交手記の翻刻資料によると、ソールズベリー侯爵は閣議や演説において「イギリスが他国と同盟を結べば、相手国のつまらない野心や国境紛争に国民の血と財産を差し出す契約を結ぶことになる」と繰り返し警告していました。彼は1889年に海軍防衛法を制定し、イギリス海軍の戦力を世界第2位と第3位の海軍国の合計と同等以上に保つ「二国標準方式(Two-Power Standard)」を法制化しました。強大な軍事力を自前で維持することこそが、同盟なしで国益を守る絶対条件だったのです。
当時の大英帝国がどれほど突出した実力を有していたのか、そして19世紀末にかけてそのパワーバランスがどのように変化したのか、主要な歴史統計データを整理しました。
このデータが示す通り、19世紀末を迎える頃には、イギリスの相対的な国力はアメリカや新興国ドイツに急速に追い上げられていました。単独で世界中の海と植民地を守るコストは国家財政の許容限度を超え始めており、ソールズベリー侯爵の慎重な舵取りにもかかわらず、孤立路線の継続は極めて困難な賭けになりつつありました。