佐川一政事件の真相|なぜ不起訴?パリ人肉事件の動機と晩年を徹底解説
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事件が起きたのは、1981年6月11日のフランス・パリでした。当時、ソルボンヌ大学(パリ第3大学)大学院の博士課程に籍を置いていた佐川一政(当時32歳)は、同大学で比較文学を専攻していたオランダ人女性留学生のルネ・ハルテヴェルトさん(当時25歳)を自宅アパートに招き入れました。
文学や詩の翻訳を口実に部屋へ誘い入れた佐川は、彼女が詩を朗読している最中に背後からカービン銃で射殺。その後、遺体を陵辱した上で一部を切断・調理して食すという、世にもおぞましいカニバリズム(食人事件)に及びました。
犯行から2日後の6月13日、佐川は残された遺体を2つの大型スーツケースに詰め、パリ郊外のブローニュの森の池に遺棄しようと試みます。しかし、スーツケースから血が滴り落ちているのを不審に思った現地の一般市民に目撃され、タクシーで逃走。目撃者の通報を受けたフランス警察によってアパートを特定され、事件発覚からわずか2日後の6月15日に逮捕されました。