姫路・廣峯神社の知られざる真相!運気を劇的に変える「九星詣り」徹底解説
姫路・廣峯神社の知られざる真相!運気を劇的に変える「九星詣り」徹底解説を徹底追究! 読者が気になる トピックの裏側を凝縮して配信します。
廣峯神社の歴史は、奈良時代の神護景雲元年(767年)にまで遡ります。当時の朝廷で重用された遣唐使・吉備真備(きびのまきび)が唐より帰国した際、播磨国・白幣山(現在の広嶺山)の山頂に神託を受け、疫病除けの神である牛頭天王(スサノオノミコト)を祀ったのが神社の草創とされています。
歴史研究者や民俗学者の間でも特筆すべき点として挙げられるのが、「京都・八坂神社(祇園社)の元宮」という伝承です。社伝によると、貞観11年(869年)に平安京で疫病が大流行した際、播磨の廣峯から牛頭天王を京都の東天王へ分霊(勧請)したことが祇園御霊会の始まりとされています。つまり、全国に約3,000社ある八坂神社・祇園神社の根本源流が、この播磨の山上に位置する廣峯神社なのです。
中世から近世にかけては神仏習合の巨大修験道場「広峯寺」としても威容を誇り、明治の神仏分離令を経て現在の神社単体の形態となりました。山上に現存する本殿および拝殿は室町時代(文明年間)の再建で、いずれも国指定重要文化財です。とりわけ本殿は、出雲大社や八坂神社本殿を凌ぐ十一間社流造(桁行約33.7m)という国内屈指の規模を誇り、参拝者が社殿の前に立った瞬間に感じる威圧感と神聖さは、まさに総本社たる格式を無言で物語っています。