八代亜紀の歌が放つ魂の輝き|名曲誕生秘話と心震える歴代ランキング

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八代亜紀のキャリアにおいて、ひとつの到達点となったのが阿久悠(作詞)と浜圭介(作曲)の黄金コンビによって生み出された「舟唄」(1979年)と「雨の慕情」(1980年)です。しかし、これらのマスターピースは平坦な道程から生まれたものではありませんでした。

当時、すでに「なみだ恋」「もう一度逢いたい」「おんな港町」などの大ヒットでトップスターの地位を確立していた八代に対し、阿久悠が投げかけたのは「これまでの八代亜紀を一度壊す」という大胆な挑戦でした。阿久悠の手記や当時の関係者証言によると、阿久は八代の中に「女の情念を湿っぽく歌い上げる歌手」ではなく、「厳しい風雪に耐えながら黙して生きる男たちの哀愁を丸ごと包み込む、包容力ある語り部」を見出していました。

その思想が極限まで具現化されたのが「舟唄」です。「酒はぬるめの燗がいい / 肴はあぶったイカでいい」というあまりにも有名な冒頭は、本来であれば歴戦の演歌男性歌手が歌うような無骨な世界観でした。八代自身、最初に譜面を手渡された際には「これは男の人の歌ではないですか」と戸惑いを口にしたといいます。しかし、阿久は「女が男の哀愁を歌うからこそ、底知れぬ深さが生まれる」と説得。八代はこぶしを過剰に効かせるのではなく、訥々と語りかけるような抑制の効いたアプローチを選択しました。この歌唱設計が、長距離トラックの運転席で夜を徹してハンドルを握るドライバーたちや、深夜労働に勤しむ人々の孤独に深く突き刺さることになります。

翌1980年に発表された「雨の慕情」では、阿久の構築美がさらに躍動します。「雨々 ふれふれ もっとふれ」というリフレインは、情念の爆発でありながらどこかポップスの軽快さと呪術的な求心力を兼ね備えていました。右手を開いて胸の前で雨を招くようなアイコニックな振り付けは、八代本人がテレビカメラのフレーム角を考慮して考案した現場発のアイデアでした。この振りを交えたパフォーマンスは茶の間を席巻し、第22回日本レコード大賞の大賞受賞、さらには同年の第31回NHK紅白歌合戦での大トリという栄誉へと直結しました。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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