山崎武司の嫁の真相!妻の献身と恐妻エピソードの全貌
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山崎武司氏の代名詞といえば、球界屈指の「恐妻家」エピソードです。しかし、彼の言う「恐妻」とは単なる家庭内での上下関係ではなく、プロとして甘えを許さない最強のメンターとしての姿を指しています。
その真骨頂が発揮されたのが、2004年オフの出来事でした。中日を退団後、オリックス・ブルーウェーブに移籍していた山崎氏でしたが、監督との確執や球団合併の混乱のなかで戦力外通告を受けます。当時36歳。周囲の誰もが「山崎の選手寿命は尽きた」と考え、本人もユニフォームを脱ぐ覚悟を固めていました。
荷物をまとめ、自宅に帰って寿代夫人に「もうクビになった。野球を辞める」と告げた山崎氏。慰めや労いの言葉を期待していた彼に対し、夫人が放った言葉は予想を根底から覆すものでした。
「何言ってるの? まだできるじゃない。男が途中で投げ出してどうするの。ユニフォームを脱ぐのはボロボロになってからにしなさい!」
夫人は同情するどころか、逃げ腰になっていた夫を一喝したのです。この言葉に再び闘志を燃やした山崎氏は、新設されたばかりの東北楽天ゴールデンイーグルスへ入団。当初は「戦力外の寄せ集め」と揶揄されたチームの中で、野村克耶監督の教えを吸収し、泥臭くバットを振り続けました。
そして2007年、38歳にして43本塁打・108打点をマークし、パ・リーグ本塁打王と打点王の二冠を達成。38歳での二冠王はプロ野球史上初となる大偉業でした。仙台の地で奇跡の復活を遂げた際、山崎氏はメディアの前で「カミさんが背中を押してくれなかったら、今の自分は絶対にいませんでした」と率直に感謝を口にしています。