平山相太の現在が話題沸騰——「怪物」はいま大学で教壇に立つ

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平山の国際舞台での存在感は、実は高校在学中からすでに示されていた。2003年、17歳で日本代表に初選出され、FIFA世界青年選手権(現U-20ワールドカップ)に出場。グループステージで2ゴールを叩き込み、世界の強豪相手に臆せず戦う姿は、国内外のサッカー関係者を驚かせた。

さらに2004年のアテネ五輪では23歳以下日本代表に選出され、バラグアイ戦に途中出場。翌2005年にも再びU-20ワールドカップへの出場を果たし、グループステージのオランダ戦でゴールを決めている。報道各社の記録をまとめると、平山がA代表を含む各年代別代表で積み上げたゴール数は、育成年代から考えると相当な数に上る。

なかでも特筆すべきは、2007年のフル代表招集だ。身長190センチという日本人離れした体格を活かしたポストプレーと、意外な足元の技術の組み合わせは、当時の日本代表では貴重な戦力として評価されていた。各年代にわたる代表歴は、平山が「一発屋」でも「話題先行型」でもなく、継続的に実力を発揮し続けた選手であることを証明している。

時期・カテゴリー主な実績・数値データ一般的Jリーグ選手の基準編集部の見解・評価国見高校時代(2001〜2004年)全国選手権制覇、大会最優秀選手、得点王級の活躍同年代トップ層でも全国毎年出場は稀「20年に一人の逸材」との評価は誇張ではなかったU-20代表(2003・2005年W杯)2大会通算3ゴール以上、17歳での代表選出U-20W杯出場自体が代表エリートの証17歳時点での活躍は日本人史上でも突出ヘラクレス(オランダ)2005〜2007年ファーストシーズン31試合出場欧州移籍1年目で20試合以上は合格水準日本人FWとしては当時トップクラスの適応力FC東京(2007〜2016年)約9年在籍、Jリーグ通算100試合超出場、20ゴール以上1クラブ9年在籍はJ1平均(約3〜4年)の2倍以上FC東京の「顔」として長期的に貢献した功績は大きいベガルタ仙台(2016〜2017年)移籍後も出場機会を維持、キャリア晩年まで現役継続30歳超でのJ1レギュラーは全体15%未満引退まで高いプロ意識を保った点が評価される現在:仙台大学(2020年代〜)サッカー部監督+体育学部専任講師を兼務元Jリーガーの大学専任講師就任は全国でも数十人程度学術と実践を統合する稀有なポジションを確立
阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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