スポーツ史を揺るがした「世紀の誤審」はなぜ起きた?衝撃の真相と審判の現在
スポーツ史を揺るがした「世紀の誤審」はなぜ起きた?衝撃の真相と審判の現在について専門的な視点から解説いたします。詳細な分析をご覧ください。
下された判定は覆りません。しかし、その笛を吹いた審判、そして割を食ったアスリートの人生は、試合終了のホイッスルとともに激変します。「世紀の誤審」を引き起こした関係者たちは、その後どのような人生を歩んだのでしょうか。
ガララーガの「幻の完全試合」――ジム・ジョイス審判の涙と友情
スポーツ史上、最も誠実な結末を迎えたとされるのが、2010年6月2日のMLBデトロイト・タイガース対クリーブランド・インディアンス戦です。タイガースの投手アーマンド・ガララーガは、26打者連続アウトを奪い、あと1人で完全試合達成という大記録の目前にいました。27人目の打者ジェイソン・ドナルドが放った一塁ゴロをガララーガがベースカバーに入って捕球。タイミングは明白なアウトでしたが、一塁塁審のジム・ジョイスは「セーフ」をコールしました。
試合後、ロッカールームの映像で自分のミスを確認したジョイスは、激しいショックを受けました。彼は報道陣の前で取り乱すことなく「私の判定ミスだった。完全試合を台無しにしてしまった」と号泣しながら全面謝罪。すぐさまガララーガの元へ直接出向き、涙ながらに頭を下げました。これに対し、ガララーガは「人間は誰でもミスをする」と笑顔で審判を抱きしめ、非難することはありませんでした。
翌日の試合前、メンバー表交換に現れたジョイス審判の目には再び涙が浮かんでおり、スタジアムのファンはブーイングではなく温かいスタンディングオベーションで彼を迎えました。両者は後に共著『Nobody's Perfect』を出版し、人間の不完全さと許しの美徳を語り継ぐ親友となりました。ジョイスは2017年に引退するまで、選手・監督から最もリスペクトされる審判の一人としてキャリアを全うしています。
バッシングに晒され続けたボブ・デービッドソンとフォールツ主審
対照的に、長きにわたりファンの厳しい視線に晒され続けた審判も存在します。2006年第1回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の日本対アメリカ戦、同点で迎えた8回裏一死満塁の場面で、三塁走者の西岡剛がタッチアップ。アメリカ代表のバック・マルティネス監督の抗議を受けた球審ボブ・デービッドソンは、塁審がセーフと判定していた離塁タイミングを「離塁が早かった」としてアウトに変更しました。横から見ていた二塁塁審や三塁塁審の視界を無視したこの判定は、日米両国のメディアから激しい非難を浴びました。
もともとメジャーリーグでも厳格すぎるジャッジや選手との衝突が多く「ボーク・ボブ」の異名をとっていたデービッドソンは、WBC以降、日本ファンのみならず国際球界から厳しい追及を受けました。本人は後年のインタビューで自らの正当性を主張し続けたものの、2016年に審判員を勇退するまで、疑惑のレッテルを完全に払拭することは叶いませんでした。
また、シドニー五輪で篠原に敗北を宣告した主審のクレイグ・フォールツ氏は、大会後に国際柔道連盟(IJF)から審判停止処分などの厳罰を受けることはなかったものの、世界的な批判を浴び、事実上国際舞台の第一線から姿を消しました。一方の篠原信一は、帰国後の会見で「ドゥイエが強かった、それだけです」と語り、誤審を言い訳にしない武道家としての潔さを示しました。自著や後年の特番インタビューにおいて、篠原は「あの判定があったからこそ、人間として成長できた。金メダル以上のものを学んだ」と述懐しており、現在はタレントや指導者として幅広く活躍を続けています。