左側通行の国は世界で約3割!日本とイギリスの理由や最新一覧を解説

左側通行の国は世界で約3割!日本とイギリスの理由や最新一覧を解説の基本情報から最新動向までをわかりやすく整理しました。

世界が右と左に二分された根本的な理由は、有史以来の「武器の扱い」と「馬車の構造」に帰着します。右利きの人間が大多数を占める人類史において、左側と右側の選択はそれぞれ異なる合理性に基づいていました。

イギリスの「騎士文化」と左側通行の法制化

イギリスが左側通行の発祥地となった背景には、中世の騎士たちの戦闘スタイルがあります。右利きが圧倒的に多い騎士は、右手で剣や槍を持ち、左手で手綱を握ります。馬に乗って敵と対峙する際、道路の左側に位置していれば、正面から近づいてくる相手に対して右手側の武器を最短距離で構えることが可能でした。

また、馬の左側から乗馬する習慣(左腰の剣が馬の背に引っかからないようにするため)も影響しています。道路の左端にいれば、安全な路肩側から馬に跨がることができたのです。イギリスは1835年に制定した「道路法(Highways Act 1835)」によって全土で左側通行を義務付け、その後の大英帝国による植民地支配に伴って、インド、オーストラリア、香港など世界中にこのルールを輸出しました。

アメリカの「多頭立て馬車」が右側通行を生んだ

一方、アメリカが右側通行となった理由は、18世紀後半から西部開拓を支えた大型輸送馬車「コナストーガ馬車」にあります。何頭もの馬を連ねて走らせるこの巨大な荷馬車には、現代のトラックのような運転席がありませんでした。右利きの御者は、最も効率よくすべての馬に右手の鞭を振るえるよう、「最後尾の左側の馬」に跨がって操縦していたのです。

左側の馬に乗った御者が、対向してくる別の馬車と狭い道ですれ違うとき、どう動くのが最も安全でしょうか。道路の「右側」を走れば、自分の真横(すれ違う馬車の車輪同士の間隔)を目視で正確に確認でき、脱輪や接触事故を防ぐことができます。この実用的な理由からアメリカでは右側通行が急速に定着し、20世紀初頭にヘンリー・フォードが「T型フォード」を左ハンドル・右側通行専用車として大量生産したことで、世界のデファクトスタンダードが決定づけられました。

ナポレオンの軍事戦略と欧州大陸の右側統一

ヨーロッパ大陸が右側通行に染まった黒幕は、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトです。かつてフランス革命前の貴族は左側を、平民は右側を歩くという身分秩序がありましたが、革命によって特権階級の習慣が打ち壊され、民衆の「右側通行」へと一元化されました。

さらにナポレオン自身が軍事戦術として「右手で武器を構えた軍隊を右側から進軍させる」奇襲配置を好んだこと、そして自身が左利きであったため右側通行のほうが戦況を指揮しやすかったという説(※諸説あり)も相まって、彼が征服したドイツ、イタリア、スペイン、オランダなどの支配地域に右側通行を強制的に導入しました。ナポレオンに侵略されなかった島国イギリスだけが、頑なに伝統的な左側通行を守り抜いたのです。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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