ラウールのグループ名は?Snow Man最年少センターの軌跡と現在
ラウールのグループ名は?Snow Man最年少センターの軌跡と現在の重要なポイントについて、分かりやすい解説を詳しくお届けします。
現在でこそグループの象徴としてスポットライトを浴びるラウールですが、デビュー前から順風満帆なエリートコースを歩んでいたわけではありません。幼少期からの泥臭い研鑽と、ジュニア時代の劇的な再編劇を経験しています。
ジャニーズ事務所(現STARTO ENTERTAINMENT)に入所したのは2015年5月2日、当時11歳の小学6年生でした。しかし、それ以前からダンス界では「神童」として名を馳せており、世界的なダンスコンテスト「Body Rock Junior」において2年連続で世界準優勝を果たしたダンスチームに所属していた経歴を持ちます。この幼少期に叩き込まれたHIPHOPのグルーヴ感と身体操作が、現在の卓越した表現力の土台となっています。
入所後、ジュニア内の大所帯ユニット「少年忍者」(結成初期の母体ユニット)のメンバーに抜擢。元木湧やヴァサイェガ渉ら同世代のジュニアとともに活動し、センターを務めることもありました。しかし、その突出した手足の長さと大人びたオーラは、当時の少年ユニットの枠組みには収まりきらない異彩を放っていました。
転機が訪れたのは2019年1月です。当時、滝沢秀明氏がジャニーズアイランド社長に就任して間もない頃、長年職人肌の6人組として停滞感を打破できずにいたSnow Manの補強策として、向井康二、目黒蓮、そして当時中学3年生だったラウールの3名が電撃追加されることが決定しました。
なぜ、キャリアも年齢も遥かに離れた少年が抜擢されたのか。後年の公式ドキュメンタリーや関係者の証言によると、加入理由は「完成されつつあった職人集団に、未完成の圧倒的な原石をぶつけることで化学反応を起こすため」でした。技術は申し分ないが予定調和に陥りかけていたグループに、成長スピードが予測不能なラウールを投下すること――それこそが、グループを国民的スターへと押し上げるための勝負手だったのです。