吉本せいの朝ドラは2作品!わろてんかとブギウギ比較と実話の真相

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『ブギウギ』で最大のドラマとなったのが、吉本せいの次男である吉本穎右(えいすけ、劇中では村山愛助)と、国民的スター・笠置シヅ子(劇中では福来スズ子)の悲恋です。ドラマではトミが二人の仲を強硬に引き裂こうとする「非情な毒親」のように描かれ、ネット上でも「小雪のトミが怖すぎる」「なぜここまで二人の結婚を許さないのか」と大きな話題を呼びました。

しかし、当時の関係者の回想録や笠置シヅ子自身の自伝『歌う自画像』を精読すると、世間で信じられている「冷酷な女帝による理不尽ないじめ」という構図とは異なる、重層的な真実が浮かび上がってきます。

当時、吉本穎右は早稲田大学に在学中のエリートであり、吉本興業の将来を背負う唯一の正統後継者でした。対する笠置シヅ子は9歳年上のトップスター歌手。戦時下の日本において、興行界のトップに立つ名門の跡取り息子が、年上の舞台女優と籍を入れることは、企業防衛と世間体の観点から断じて容認できない事態だったのです。せいが激怒したのは、穎右が学業を疎かにし、会社の要職に就く準備を怠っていたことに対する「経営者としての危機感」でもありました。

決定的な事実として、穎右が1947年5月に結核のため西宮の自宅で息を引き取った直後、シヅ子は穎右の忘れ形見となる女児(エイ子)を出産しています。せいはシヅ子の元へ使いを送り、出産費用の全額を負担し、さらには「子どもを吉本家で引き取り、跡取りとして育てたい」と申し出ているのです。シヅ子はこの申し出を拒否してシングルマザーとして生きる道を選びましたが、せいは決して二人を路頭に迷わせようとしたわけではありませんでした。後年、シヅ子自身も手記の中で、せいに対して恨みの言葉を書き連ねるのではなく、大組織の長として決断を下さざるを得なかった彼女の苦衷に理解を示しています。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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