激動の1960年代は何を変えたか?高度成長と熱狂の裏側を徹底解剖
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明るい高度成長と消費カルチャーの陰で、社会には強烈な不満と反発のマグマが渦巻いていました。1960年の「60年安保闘争」では連日数万人が国会を取り囲み、樺美智子さんの死亡事故を経て岸信介内閣が退陣に追い込まれました。さらに1960年代後半には、ベトナム戦争への反対や大学の腐敗是正を掲げた全共闘による学生運動と安保闘争の経緯が過激化。1969年1月の「東大安田講堂攻防戦」では警察機動隊と学生が激突し、テレビ生中継の視聴率は各局合計で極めて高い数字を記録しました。
そして1968年12月10日、戦後最大のミステリーと呼ばれる三億円事件の真相を巡る事件が発生します。府中刑務所北側の路上で、白バイ隊員に扮した偽警察官が東芝府中工場従業員のボーナス約3億円(現在の貨幣価値で約20億〜30億円相当)を積んだ現金輸送車を鮮やかに強奪。誰一人傷つけず、わずか数分で大金を奪い去った手口は世間に大きな衝撃を与えました。延べ17万人以上の捜査員と約9億円の捜査費用を投入しながらも、1975年に公訴時効が成立。数々の模倣犯や陰謀論を生み、昭和最大の未解決事件として今なお語り継がれています。