山田五十鈴の生涯と真相|映画界の頂点から娘・嵯峨三智子との葛藤まで
山田五十鈴の生涯と真相|映画界の頂点から娘・嵯峨三智子との葛藤までの全体像を丁寧に掘り下げてご紹介します。
映画界で確固たる地位を築いた後、1970年代から80年代にかけて山田五十鈴はお茶の間のテレビ画面でも絶大な存在感を放ちました。その最大の象徴が、朝日放送・松竹制作の『必殺シリーズ』への出演です。
1976年の『必殺からくり人』の花鶴のお艶役を皮切りに、劇場版や『必殺仕事人』『必殺仕事人III』『必殺仕事人IV』『必殺仕事人V』において、中村主水(藤田まこと)の姑・りつ(白木万理)の叔母にあたる元締・三味線屋おりくを演じました。山田五十鈴が劇中で見せた「三味線の撥で悪人の首筋を切り裂く」「張り替えたばかりの三味線糸を飛ばして首を締め上げる」という殺し技は、日本舞踊や清元の師範名取であった彼女自身の所作の美しさと相まって、凄惨な闇の稼業に比類なき品格と妖艶さを与えました。
撮影現場での証言によると、大御所でありながら現場への配慮を怠らず、立ち回りや視線の配り方に一切の妥協を許さなかったと伝えられています。映画全盛期を知る大女優が、当時新しいエンターテインメントの潮流であった時代劇ドラマに全力で挑んだことで、作品全体のクオリティと格調が一段引き上げられたことは間違いありません。