チェッカーズ再結成が絶望的な理由|フミヤと高杢の確執と現在

チェッカーズ再結成が絶望的な理由|フミヤと高杢の確執と現在の全貌を詳しく解説してご紹介します。

1992年、人気絶頂期に発表された解散劇。表向きには「メンバーが30代を迎え、それぞれの音楽性を追求するため」と発表されましたが、その水面下には長年蓄積された歪みとチェッカーズ解散の真相が隠されていました。デビュー当初、チェッカーズは売れっ子作詞家の売野雅勇氏と作曲家の芹澤廣明氏が手掛ける楽曲で爆発的な人気を獲得し、「チェック柄の衣装を着たアイドルバンド」として社会現象を築きました。しかし、もともと福岡県久留米市のアマチュア時代から本格的なドゥーワップやロックンロールを叩き込んできた彼らにとって、作られた偶像を演じ続けることへの葛藤は想像を絶するものだったのです。

1986年のシングル「NANA」以降、メンバー自作曲による活動へ完全シフトしたことで、バンド内のパワーバランスは大きく崩れ始めました。リードボーカルとしてカリスマ的人気を誇り、大半の作詞を手掛ける藤井フミヤ氏、そして作曲面で類まれなメロディセンスを発揮した藤井尚之氏や鶴久政治氏。一方で、自作曲の採用機会が少なかった高杢禎彦氏との間には、印税収入やバンド内での存在価値をめぐり、次第にチェッカーズ不仲説の真相とも言える溝が生じていきました。

さらに、所属事務所「スリースタープロ」からの独立をめぐる経営方針の食い違いが決定打となります。事務所とのパイプを重視しようとするメンバーと、自分たちの権利と音楽の自由を求めて独立を主導しようとするフミヤ氏らとの間で意見が真っ向から対立。幼馴染という強固な絆で結ばれていたはずの7人は、ビジネスとエゴが衝突する過酷なプロの世界で、少しずつ歯車を狂わせていったのです。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

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